むえに記録

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ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルドを一言でいうと…【ゲーム感想】

神ゲー

 

 

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これだけで終わっちゃうとなんかホントダメなので、少しだけ補足しますね。

 

選択肢が無限!? 自由度の暴力

  プレイしていて一番思ったのがこれ。できることが多すぎる。

例えばりんごの木があります。手を伸ばせば届く範囲に一つりんごがあって、ジャンプすればもう一つりんごが取れます。……ここまでは分かる。

 さらに、木に登ればもっと高いところにりんごがあるけど、木登りするより他の木を探してりんごを取ったほうが速いかもしれない。これが一つの選択肢。りんごを取る自由。あなたは几帳面に一本の木から取れるだけりんごを取ってもいいし、取れる範囲だけ、それこそジャンプを使わず手の届く範囲のりんごだけ回収していくのも自由。

 あるいは、木を切り倒してりんごを地面に落としてもいい。または鈍器を使って木の幹を叩き、衝撃でりんごを落とす手もあるし、弓矢でりんごを射て落とすことだってできる。もういっそ、松明で木を燃やしてしまえば簡単だ。

 そしてその場合、燃えたりんごは「焼きリンゴ」となり、食べた時の回復量も1.5倍になるのだ。これぞ自由。

 りんご一つとってもこれだけの選択肢がある。ブレスオブザワイルドの世界には、りんごのようなアイテムが無数にあって、プレイヤーは全てに対して選択を下していく。ストーリーを一直線に進めてもいい。寄り道をいっぱいして、結果めちゃくちゃ強くなってもいい。もう直接ラスボスのところまで乗り込むことだってできる。

 実際私は、ラストダンジョンに入ってから一度もダメージを食らわずにゲームをクリアしてしまった。初見で。そんなことができてしまうほど自由で、暴力的なまでに世界は可能性に満ちている。まるでそこで生きているかのように錯覚するほど、世界は私達の選択によって変化していく。

 この世界で生きていきたい。ゲーム中、この世界で自分は確かに生きていた。そう思わせたらもう、ゲーム作者の勝ちだ。敗者であるプレイヤーは、クリアして放心状態のまま、頭を垂れて言う。「このゲームは神ゲーだ」と……。

 

高揚感の話

 私がゲームについて考える上で、上記の「この世界で生きてる感」と同じくらい重視しているのが「高揚感」なので、ちょっとだけその話をする。

 私の理想としては、ゲームが終盤になるにつれどんどん高揚感が増していき、ゲームクリア後にその高揚感、切迫感が昇華され、堰を切ったように溢れ出す満足感へと変わっていく、その瞬間に自然と涙がこぼれてしまうゲームが最高だと思う。

 その点、ブレスオブザワイルドはその域には達していなかった。いや、涙は出たけれど、かなり「音楽に助けられた」部分が多いように思える。シーンとしてエモいのではなく、数少ない音楽にエモさが凝縮されているから、それを思い出して泣けるというか。決して不満なわけじゃない。多分、理由も分かっている。

 終盤に向かっての高揚感というのは、自由度の解放と、ストーリー的にどんどん閉塞感が生まれるこのアンバランスさの上にあると考えている。タイムリミットが迫ってきて、登場人物の命やらが失われていき、でも移動手段が増えてあちこちに行ける。でも世界は……、みたいな。

 ブレスオブザワイルドは最初から自由度MAXで、それをいかなる手段でも阻害しないように作られている。ゆえに開放されるべき「自由度」はもう満ち足りているし、閉塞感も感じさせない。タイムリミットなんてどこにもない。誰にも急かされることなく寄り道ができる。そういうゲームだ。だから、一般的な手段では高揚感を喚起させることは難しかったのかもしれない。でも、だからこそ私は……!

 ストーリーで感動させて欲しかった!!

 いやミファーや終盤のゼルダはいい。いいんだけど、まだ足りないんだ!!

 もっとできたはず。これだけの神ゲーを作れるあなたたちなら! もっと!!

 

 神ゲーをありがとうございました。

 次回作はもっと、ストーリーでも感動できる、究極のゲーム待っています。

 きっとあなたたちならできるはずです。