むえに記録

書きたい気持ちに素直になろう

映画CHAOS;CHILD SILENT SKY感想 舞台挨拶とカオスの結末

 
 

舞台挨拶 松岡くんの想い

 
 6月24日に行われた映画CHAOS;CHILD SILENT SKYの舞台挨拶付き上映会に参加してきました。とても印象深かったので、ここに記しておこうと思います。
 登壇されたのは司会の角川の方と、松岡禎丞さんのみで、もう一人の登壇予定者である上坂すみれさんは残念ながら体調不良で欠席ということでした。しかしながらメッセージを預けられており、角川の方が代読してくれました。
 大好きなカオチャの舞台挨拶に出れなくて悔しいとのこと。上坂さんを始め出演者の皆さんは、ラジオ等でカオチャに対する想いをよく口にしていて、作品愛が深いのがよくわかります。上坂さんはまたどこかでカオチャについて語りたいとのこと。私もその機会を心待ちにしています。
 さて、そんな上坂さんのぶんまで20分しっかり話さなくてはならない松岡さんは、いつも通り緊張しながらも、信念を持った口調で話し始めました。ちなみに第一声は「僕はリア充だ!」でした。
 同じ科学シリーズのシュタインズ・ゲートを視聴して「すげえ」と感動していた松岡さんが、やがてカオチャの主人公に抜擢されて、「80%くらい信じてた」というアニメ化が発表され喜んだというお話から、宮代 拓留との共通点の話へ。 拓留と同じ"側"の高校生だったと話す松岡さんは、演じていて感情移入しやすかったとのこと。
 とくに女性に対する恐怖心という話をされている松岡さんの姿に拓留が重なって見えました。世莉架という都合のいい少女に頼ってしまう拓留の、醒めない夢から醒めてしまった本当の姿、剥き身の恐怖心をさらけ出し、克服してみせるのがサイレントスカイの大変エモいところですが、自身の恐怖心を大勢の観客の前で語る松岡さんはまさに終盤の拓留で、ああ……拓留の声優が松岡さんでよかった……と心から思いました。
 そして話題はついに、映画の話に。アニメ最終話の告知で『サイレントスカイ』の制作決定を知ったそうです。そんな急な話だったんですね。舞台挨拶は上映前なので映画のネタバレができず松岡さんもやりにくそうにしていましたが、劇場に集まったファンは「ゲームをやった人」という問いかけにほぼ全員が手を上げていたので、正直話してしまってもよかったのではないでしょうか。映画の見所を訊かれて「拓留と尾上が…○○になるんですよ!」と分かる人にしか分からないことを言っていました。
『……僕たちは、こうして一緒に生きていくんだ』
 20分の時間はあっという間に過ぎ、松岡さんから最後の一言。「観てください」だそうです。皆さんも観てくださいね。dアニメストアで現在配信中です!
 
 

劇場版カオスチャイルド サイレントスカイ

  ここからはゲーム本編のネタバレをしていきますので、未プレイは買ってプレイしてください。アニメで残念な気持ちになった人も、ゲームは段違いに面白いです。

 

 では良かったところと悪かったところを。

 映画の良かった点

・silent wind bellが流れた。

 Silent Skyのエンディング曲にして、拓留からみんなへのラブレター。この曲がカオチャの全てと言っても過言ではない、主人公の心境の変化が綴られるこの曲がゲームと同様にラストで流れて本当によかった。正直、流せないんじゃないかと思っていた。なぜなら"wind bell"、すなわち"風鈴"のシーンがアニメでは削られていたから。拓留が風鈴に書けなかった『願い』が、最後にようやく見つかっても、それを伝える手段はなくなってしまう。でも、それでいい。そのために彼らは戦ってきたのだから。そんなことを思いながら映画館で泣きました。

・『それがキミのやりたいことなの?』などのセリフが印象的に描かれていた。

 Silent Skyには印象的なセリフが詰め込まれている。彼と彼女の最後のひとときに相応しい、感情を乗せた言葉のやり取り。声優さんの熱演で、聞く人の感情に訴えかけてくるその言葉の数々が、映画でも印象に残るよう作られていた。ストーリーは尺の都合上、駆け足で進行していくが、それでも大切なセリフのところだけはゆっくりやっていたのが好印象だった。

 ……良かったところは以上です。次に悪かったところ。

・上映場所が渋谷じゃない。

 なぜか池袋でした。もったいない。

・世莉架が舞台のスポットライトを浴びる、一連のモノローグが無い

 ラスポスが退場して、緊張感から開放された中、また世莉架の一人視点に戻ってからsilent wind bellが流れるラストまでの間、世莉架は失ったはずの記憶に導かれ、『劇場』へと足を運ぶ。全てが終わってしまった後、残り続ける想い。哀しみ。長い物語を、ほんの少しの独白の中に集約させる、強烈な表現。私は、カオスチャイルドがここまで人の心を揺さぶる理由がこのモノローグにあると思っています。全体から見ればほんの僅かな、だけど大切な彼女の独白。得体の知れない殺人鬼の役割から開放された彼女の、想いの残滓。失わなければならない想い。失ってしまった哀しみ。カオスチャイルドという物語は、このシーンのためにある。私はそう思ってしまうほど、この独白が好きです。

 それが、無かった。映画では、12話の映像を使いまわして、モノローグなしに終わりました。世莉架は
「舞台の照明が、まるでスポットライトのように、『私』に降り注いでいた。」
 と感じることなく終わりを迎えてしまった。鳴り止まない拍手に送られることもなく、ぬるりとsilent wind bellが流れた。私はそれが、酷く悲しかった。

・映画の後半、全然絵が動かない。

 予算の都合でしょうか。全く動く気配のない最終決戦を見るのは辛かった。ほんと、このアニメはなんで、こうなんでしょうか。

 

カオスの結末 作品から何を得たか

 ここからは、Silent Skyまで観た個人的なまとめです。

 原作ゲームをプレイしたとき、私はエンディングを見た後一週間近く、打ちのめされてもう動けませんでした。なぜこんなにも心を打たれたのか。その答えは、やはり物語の終わり方にあると思います。熱に浮かされるような狂気、カオスに蝕まれていく本編を終えた後、静かな空に染み渡るようなSilent Sky編が始まること。夏休みの終わりに夜道を歩くような寂寥感。この物語の結末について自然と考えてしまう。これで良かったんだろうか、いや良かったことにしなければいけないと、諦めとも違う感情、エンディングの魔力によって閉じていく。面白かった、哀しかった、恐ろしかった。そんな感情がごちゃまぜになって、私は悔しくなった。長い物語がきれいに閉じて、終りを迎えるのが寂しくて、そういう感情を歓喜させる物語を、自分ではない誰かが作っていることが、私はたまらなく悔しい。人の感情を揺さぶる作品、それは物語の到達点。生まれてきた意味を証明する、創作家が作りたい究極のもの。それを作れない自分が嫌でたまらなくなり、一週間くらい動けなくなる。

 きっと、私がこのカオスチャイルドから得たものは、狂気なのだ。

 混ざりあった感情。きっとこれをカオス呼ぶ。

 良い作品を作りたいと思う、カオスより生まれた気持ち。

 それが僕のやりたいこと。

 この気持ちを抱えたまま日々を過ごす。

 ……僕たちは、こうして一緒に生きていくんだ。

 

 ありがとうございました。